投稿

ラベル(音楽)が付いた投稿を表示しています

30歳を迎えて/渾身の一曲「海猫」

イメージ
30歳を迎えた。 20歳を迎えたときには、自分の人間性の自信のない部分については置いておいて、現実的な技能をまずは身につけていこうと、人間性は30歳からでいいだろうと、そんなことを考えていた。 結局、そうもいかず、人間性の足りないところからぼろぼろに崩れていったところもあった。しんどかった。辛かった。自分そのものが恥だった。 小賢しい生き方ばかり身につけて、技巧的に振る舞う自分が醜く思えて仕方なかった。 色々あって、ここ2年で自分の特質・自分の生き方・自分らしさを考えてきた。 よく考えてみると、子供の頃から生きづらかった気がする(年齢だけ30歳になったけど、果たして今の私は「オトナ」になれたのだろうか)。 そうなんだけど。 そうなんだけど。じゃあ、自分の人生のどこかのタイミングに戻れるとして、俺はそれをするだろうか。 いや。しないなあ。しんどかったこと、辛かったこと、苦しかったこと、死ぬほど腹がたったこと、誰かを傷つけたこと、恥ずかしいこと、それともちろん楽しかったことも、その全てが俺のアイデンティティなんだろうなと思う。 たぶん、それをどこかできれいに書き換えたら、きっとそれは最早俺じゃないんだろう。 ネガティブに自分を傷つけながらここまで来て、その中で作られた自分の視点を大事にしたい。 30代は、一つ一つこれまで落としてきたものを拾いながら、一歩一歩、生きていこうと思う。 まあ、しんどいんだけど。色々。情けなくて自信がなくて、どうしようもないんだけど、それでも。 たぶん、生きるってそういうことなんだろうと思う。自分の歩幅で、少しずつ。ポコ・ア・ポコ。 そんなこんなを思いながら書いた渾身の一曲。ぜひ聴いてほしい。 歌詞は縦書きブログで公開しております。こちらもよろしければ。 海猫 - ウミネコ - g.o.a.t (goat.me)

最近スタジオによく行っているという話とその他諸々;「ウミネコ」を名乗るようになったこと

イメージ
[ご報告]: 表現者としての自称として「 ウミネコ 」を名乗ることにしました。ずっと自称を考えていたのですが、あまり肩肘張らないもので、なんとなくイメージのいいものとしてこの鳥の名を拝借することにしました。私は海の広さが好きですし、海鳥のようにゆらりゆらりと生きていきたいと、そこらへんの気持ちからつけた名前です。あと、敬愛するスピッツも「海ねこ」という曲を出していますのでそれも後押しに。さて。 ブログの更新が滞っていた。 最近はとあるサイトづくりでプログラミングに張り付いていて、仕事と関係ないところで忙しい。ちなみにこのサイトにも関係あるサイトだから、そのうちご報告することになると思う。 ただ、仕事でもプログラムを扱うもので、そればっかりになってしまうとストレスだから、できるだけスタジオに行くようにしている。YouTubeではアップロードしていたのだけれどブログ記事でまだ掲載していない動画を、一気に貼り付けておこうと思う。 「 春がくる 」(2021/3/20撮影) 春が来る曲。実家に住んでいた20歳頃に、近所の桜の木を見て書く気になった曲。 「 フラジャイル 」(2021/3/27撮影) 2019年2月のはじめごろ、一番しんどかった時期に書いた曲。こういう曲も、ちゃんと自分のポートフォリオに入れておこうと撮り直しした。 「 風の吹く夜(もう一度風の中へ) 」(2021/4/11撮影) 自分としては初期の曲。19歳ごろ(だったと思う)書いた曲を改めて今の自分の視点で書き直してみた曲。誰も知らない曲の別バージョンって。。。とは思わなくもないけど、まあよし。 (カバー)「 YOUNG LOOSER (毛皮のマリーズ)」(2021/4/11撮影) この間、唯一のカバー曲。個人的に、日本語ロックで一番文学的な歌詞だと思うので、一度自分でも歌ってみたかった。ぜひ、本物を歌詞読みながら聴いてみてほしい。 「 マイ・ロックンロール 」(2021/5/3撮影) 数年前、たぶん2017年か2018年に書いた曲。2018年だったかなあ。私が曲を書く、ということについて書いた曲。なのだけど、ダウンピッキングがきつい。もう少し練習してもう一度撮り直したいなあ。 その他、自分のことについて書きたいことは溜まっていて、時間を見て曲を書いている。また近いうちに新曲もあげられるかと思う。

音楽絡みの動画を4つ挙げました;引越し先で新しいスタジオへ行ってきた

イメージ
引越絡みでなかなかギターに触る時間もなかったところ、久々にスタジオへ。引越し先の街にスタジオはなかったので、柏のスタジオへ。 STUDIO NORTH HOLLYWOODさん (@STUDIO_NOHO) / Twitter 目標としていたのは、オリジナル1曲とカバー1曲の録音だったものの、行ってみたら今日は比較的スムーズに録音できたので、オリジナル2曲、カバー2曲を録音してきた。 まずはオリジナルからご紹介。 「オープン・マイ・アイズ」 昨年は、人との向き合い方を考え直す1年だった。そんなプロセスの中で書いた曲。曲を書いたのは9月頃のことだった模様。 「小春」 こちらは昨年11月に、小春という言葉が旧暦10月を表しすこともあることになんとなく強い印象を受けて書いた曲。 続いて、カバー曲。 「深夜高速」(フラワーカンパニーズ) 歌詞が大好きで、独りでカラオケに行くときにもだいたい歌う。カバーしてみて気がついたのだけど、コード進行が恐ろしくシンプルで、その分表現が難しいと思った。 「幸福論」(椎名林檎) 高校時代に組んでいたバンドで「幸福論(悦楽編)」をカバーして以来、なんとなく口ずさむことの多い曲。当時はベースだったから、ギターも歌もやってはいなかったのだけど。そして、個人的には、悦楽編よりオリジナルが好きだったりする。 椎名林檎の「オーラ」って、かなり危ない諸刃の剣で、下手に手を出すとかなり痛々しくなるかなと思い、曲中から彼女独特の雰囲気を出しているコードを外してしまった(練習不足という面も多分にある)。 練習不足というか引越しやら何やらでギター触ってなかったのを痛感したスタジオ入りだったけど、割と好きな曲を好きにやったのはよかった。

Rei、表現する人;『Rei Release Tour 2021 "SOUNDS of HONEY"』の感想

イメージ
ミュージシャンってすげえなって思った。 今日はミュージシャン・Reiのライブをオンラインで視聴。 楽しかった。すっごい楽しかった。Reiを知ったのは確か2019年の中頃のことで、それから色んな曲を聴いていたのだけどライブを観たのは今回が初。 Rei自身も、またバンドメンバーも、すごくかっこよかった。もうまずはとにかくそれだけ。自宅でイヤフォンして踊り狂っていた。めっちゃよかったよほんと。 とにかくかっこよかった。「女性シンガーソングライター」とか「女性ギタリスト」とか、あるいは「シンガーソングライター」とか「ギタリスト」とか、もはやそういうカテゴライジングは意味なくて、全てのジャンルから独立して、もしくは全てのジャンルとのクロスオーバーとして、「Reiという表現者」として成り立っているのがすごかった。 よくよく考えたらこれまで聴いてきた曲もそうだったと思うのだけど、ステージ上にギタリストはRei1人。ロックで、かつこれほどギターでの表現が豊かな楽曲だと、バッキングギターを入れそうな気もするのだけど、そこに行かないのも、これもまた彼女の表現の芯の強さなのではないかと思う。(彼女はそんなにエゴイスティックではないのだと思うのだけど)「私の他にギターは要らない」というその姿がまず表現者としてかっこいい。Miyaviとかともそういう意味ではスタイルが重なる。唯我独尊のギタースタイル。しびれるんだよなほんと。 いつものことなのだけど、私はライブに行くのにすごく腰が重いタイプだ。チケットを買って、東京に電車で出て、ライブを楽しんで、夜遅くに帰ってくるというのを考えると何となく億劫になってしまって、相当行きたいと思わないと(この「相当」というのはReunionとか、神と崇める志磨遼平とか、本当にそのレベル)、ちょっとやそっと好きなだけならなかなかライブに足を運ばないことを改めたいなと思った。健康に生きてライブに行く。これ大事だな。 ライブ中に彼女が(うろ覚えなのだけど)「かたまりとしての「みんな」じゃなくて一人一人の「あなた」に私の曲を届けたい」というようなことを言っていて、ちょっと泣きたくなった。そうなんだよ。塊じゃないんだよな。 明日から一週間が始まる。ちょっとどんよりだけど、どうにか乗り越えていこうと思う。 そういえば今朝はようやく新居にインターネットが入った。何だか、その...

くだらんおっさんたちよ、とりあえずここらへん聞こうぜと言いながら只々最近私がエモいと思った曲というかもう只々好きな曲を羅列する記事

イメージ
私は「ある種の」おっさん的思想が苦手だ。 そこら辺に関連して縦書きブログを更新した。 共同体と個・溶液・一九八四年 - RT - g.o.a.t ちょっと内容がペシミスティックにすぎた気がするので、そんな頭の凝り固まったおっさんたちに聴いてほしい曲を羅列することで近年のポジティブな面を楽しもうと思う。世間から叩かれまくってるおっさん方もこの素晴らしい現代の自由な音楽を聞いたらいいんじゃないかしらと思うのです。 Rei「Lonely Dance Club」 ほんと素敵。まずかっこいい。そしてかわいい。肩肘張って現代に戦いを挑むよりも、まず自分らしくあろうとする彼女の音楽スタイルがすごく好きです。何よりクオリティも半端ないのだけど。 藤原さくら「ゆめのなか」 この曲、歌詞をじっくり聴くとすごく心に来る。ラブソングじゃないんだよね。いや、ある意味ではラブソングか。「好きとかきらいとかそういうんじゃないんだ。ただ、、、大切にしてあげたいな 笑ってたいな」 すごく好きな歌詞の曲。 ALI「LOST IN PARADISE」 最近好きなバンド。かっけえ。多国籍バンドなんですってね。そして、HIP-HOPとのコラボも多く、めっちゃクロスオーバーだなあと大好き。そして、この曲、呪術廻戦のアニメのテーマなのね。あれ、漫画で一時期ハマってました。ここのところ、漫画を読むのをやめてしまったので、追っかけてはないのだけど(決して漫画へのディスとか、「俺、漫画読まねえんだよな」という謎マウントではなく、純粋に自分の何となくの流れで今そうなっているという話です)。ここ近年の豊作だったジャンプ漫画でも、たまらなく好きな漫画だった。釘崎野薔薇最高。 フラワーカンパニーズ「深夜高速」(The First Take) いや、もうなんか最近聴いててやばい動画を挙げる流れになってきている。原曲の「生きててよかった」とはまた違う趣きの「生きててよかった」。フラカンはベスト聴いたくらいだけど、この曲はたまに全力でカラオケで歌ってます。しかし、このアレンジはやばい。 橋本愛「木綿のハンカチーフ」(The First Take) もうただのファーストテイク縛りではないか。いやでも、この人いいなあと思った。俳優さんなのね。だからこそのこの表現なのかな。この曲ならおっさんも楽しめるでしょ?しかし繊細な表現ができる人な...

しんどい日の日記

イメージ
しんどいなあ。 しんどい。 「たかがそれだけ」のことから始まって、色々なことを連想する。 自分の中の虚ろが強く存在感を主張する。録画していた深夜番組が途切れたとき、聴いていた曲が終わったとき、読んでいる本を置いてトイレに行こうとしたとき、部屋の中に充満する空虚さが強くその存在を主張してくる。 色々考えると、これまでの自分の行動原理は基本的に虚無感だったんだなあと思う。心の内にある虚無感を埋めるためにあらゆるものを詰め込み詰め込み、それを漏らして漏らして、ずっと空っぽのまま走っていたのだろうなあと。これまでの人生で色々な優秀な人たちのなかに紛れる機会が多かったのだけど、その度にいつも自信に満ちている彼らと比べたときの自分の色のなさを(無意識下で)意識していたんだろう。 もう、色んなことが正直しんどい。何で皆平気な顔してこんな世界を生きてるんだろう。 この歳で漸く、どうにか歩いていく方法を学ぼうとしている。右足を出して左足を出して、その次の右足を挫いて、勢いで左足も怪我をして、うまくいかない。周りの人間がたったかたったか歩いている中で俺は何をちんたらちんたらやっているのかと反吐が出る。 何で俺はこんなにもうまく歩けないんだろう。 「俺たちはただ普通に息を吸って吐くだけが何故難しいでしょうか」(in 「オトナ」by Creepy Nuts) だけど、まあ、何だろう。外的要因じゃないんだよな。ずっと。もう20年以上、内に抱えてたもので、いつかは向き合わないといけなかったものなんだろうと思う。 ニュースに出てくる下らない年寄りにならないために、今のこのしんどさがきっとあるんだろう。俺に、あんなことを言ったあの下らない中年にならないために、今のこのしんどさがあるんだろう。どうにかしてこうにかしてこのしんどさの中を生きていって、どうにかしてこのしんどさの先に中身のある自分を見つけてやりたい。この歳でこのしんどさに向き合うのは、ある意味幸運なのかもしれない。みっともない年寄りになる前に、自分の大きさをもう一度考える。 自信はさらさらないのだけど。全くないのだけど、このしんどさの先に、しんどさを誤魔化さずに向き合った先に、虚ろではない自分が居るとでも思ってないと、立っていることすらしんどいよ。 しんどいものはしんどいから、無理はしちゃいかんね。俺はもう壊れてたんだよ。長い間。ようや...

なぜ天才でもないのに曲を作るか;新しい曲のご紹介(歌詞込み)

イメージ
新しい曲を書いた。 「幸せになれますように」 うまく説明するのが難しいのだけど、これまで書いた曲の中で一番手応えのある曲だったりする。 曲としては大したことないと思う。そんな複雑な構造も美しいメロディもなく、言いようによっては凡庸だとも思う。 だけど、この曲を録音したときに、「ああ、俺が曲作りで書きたかったのはこういう曲だった」と、そんな気持ちになった。 歌詞としては、都内を歩いていてふと目についた景色と自分の人生を重ねたもの。秋葉原の駅近くで、寒い中、笑顔を振りまきながら客寄せに立つ女性。 程度の差こそあれ、自分の体を、女性であることを、自分の本音を隠して売っている人たち。きっとその人達にもそれぞれの考えや思いがあって、それを勝手に遠巻きに悲観的に見るのもどうかとは思うのだけど、作りきった自分を売って報酬を得るというその生き方が、なんだか自分の生き方と重なってしまって。 私も、ずっと娼婦的な生き方をしてきたと思う。作り笑顔と相手の求めることに応じて、自分を殺して。それで、コミュニティの中での安定した立ち位置とか、批判されない安全性とか、そういう報酬を得てきた。 そこには報酬がある。だけど、一方で私達はその報酬を身を切らずには得られない。隠した本音は、たぶん私達が一番大事にしないといけないもので、それを差し置いて売り続けた身体は、目に見えないところで、相当に傷つくのだと思う。 私は、どうしたらそんな娼婦的生き方を変えられるのかわからない。どうしたら、彼女たちが幸せになれるのかわからない。だけど、この世界のほの暗いところで、静かに傷ついていく人たちが少しずつでも幸せになれたらいいなと、そんな願いを込めた曲。私はキリストでもブッダでもない。自分のことすら救えない。祈ることしか出来ないんです。 そんな歌。初めての試みだけど、歌詞を掲載してみる。 誰かを、自分を祈ることができる歌を書けたのが少しうれしい。 あと、この曲も書けて嬉しかった曲(先日紹介済み)。 こちらもせっかくだから歌詞カードを作ってみた。 私は音楽が好きだ。それなりに色々な音楽を聴いて感動してきた。ある種の音楽をあほらしいとバカにして、ある種の音楽を崇めるように聴く。だから、自分で曲を作ったものを聴いても、凡庸だなと思うことは多々ある。 また、私は小説が好きだ。それなりに読んできた。たまに書きたいとすら思う。...

いびつなひとのためのまっすぐな音楽

イメージ
縦書きブログを更新した。 私は発達障害者です - RT - g.o.a.t 今年の3月、ADHDの診断が出たというお話。 色々と生きづらさがある私だし、世間には生きづらい人が山程居る気がする。それを証拠に、この世の中には、山のように生きづらさを叫ぶ歌が溢れている。 最近、生きづらい私のエモーションを揺さぶる(エモい)曲をまとめておきたいと思う。 Rei「ERROR 404」 ボクたちの心臓は 刻んている 不揃いなbeatを I'm an ERROR ERROR ERROR 刻々と時間 すぎさっていく 無力なボクのtempo I'm an ERROR ERROR ERROR 素晴らしい。私と同世代でこんなにクラシカルでニューエイジで最高にクールな曲を作る天才の一人。歌詞に込められる、「自分らしくあってやる」という彼女の魂に、いつも勇気をもらう。 長澤知之「はぐれ雲けもの道ひとり旅」 少しその街を離れて ケータイの電源を切って しばらく友達も忘れて 鈍行に揺られるだけでいい 君にとってその生活が時折負担になったなら 恋しくなるまで旅をして 恋しくなったら戻ればいい この人は、以前の記事にも書いたが、はじめはオフィスオーガスタの福耳の一員として、そのギタースタイルと独特の声質が気になって、その後ALのメンバーとして認識して、最近漸くソロを聴くようになったのだけど、センシティブで傷つきやすい自分の弱いところを、格好つけず素直に歌い上げてくれる等身大の歌詞が魅力。これまた大好き。  ズーカラデル「イエス」 有り余る情熱が 君を追い詰めるだろう 阿呆みたいな顔して流れてく 人混みを追いかける 見そうで見えない答えが どうにもならん苛立ちが 小さくても消えない魔法が 未だに足を突き動かす まだ何も判らないけど 行かなきゃ ほらイエス言え この人達もよい。等身大。かっこいいんだけど、かっこつけていない。ある意味ではダサさすら感じる。こういう人たちがちゃんと売れてほしいなあ。 Mr.Big「Goin' Where the Wind Blows」 Am I strong enough to walk on water Smart enough to come in out of the rain? Or am I a fool goin' where...

曲作りと録音

イメージ
曲を書いたり、既に書いていた曲を録ったので、ご紹介。 これまでに書いた曲はこちらのページにまとめているのでお時間あれば是非。 https://satsumage81.blogspot.com/p/blog-page.html 手を振り足を鳴らし 今年(2020年)の1月頃に書いた曲。生きるって、なんだか踊っているみたいだなあ。って思って書いた曲。 小春 小春って、旧暦での月の名前だったんですね。というのを最近読書していて知って。それで、たまたま全く関係ない曲のコードをつけようとしていたときにギターを触っていてできた曲。 単調すぎるだろうか。。。もう少し作り込むか迷うところ。 正直、3分くらいの曲の大半が、最後の「長い冬を待つ 小春」に向けての助走というか、ふりみたいになっている気もする。 秋風 このブログでも紹介済みの曲。2013年頃に秋空を見ながら書いた曲。 よろしければご一聴ください。

曲作り中のメモ:手を振り足を鳴らし(デモ)

イメージ
1月ごろに原案を作ったまま放置していた曲を少しまとめた。 結構個人的にお気に入りになりそう。丁寧に仕上げたいところ。  少し2番の歌詞がもたっている気がする。 これもまた録り直そう。9月のもまだやっていないや。

旧ブログからの記事引越し(ほぼ)完了;最近聴いているアーティスト

イメージ
9/22にBlogger上に本ブログを開設し、以前Wordpress.comで書き溜めていたブログの引っ越し作業を開始した。 引っ越し作業と言っても、5月に始めたブログだったから、大した量ではない。毎日更新するようなブログでもないから、量にして30記事くらいである。 旧ブログで書いてきた記事はタグ「 旧サイト 」にまとめてある。 ただし、別サービスから記事を移行する賢いやり方がわからなかったから全部コピペである。 しかも、Youtubeの貼り付け動画のコピーがただのコピペではうまくいかなかったので、何度かやり方を変えている。そのため、旧記事については体裁があっちに行ったりこっちに行ったりで読みづらい部分もあると思うが、ご容赦いただきたい。 せっかくなので、過去記事で個人的によく書けた気がする記事を何点か列挙しておく。 9/2付「 いい映画を観てころっと気分がよくなった話 」 8/24付「 日記;千と千尋の神隠しを観て勇気について考えた話 」 8/22付「 ダサいロックバンドが愛おしい話 」 8/7付「 ラップなしでは語れない 」 7/23付「 不安定なものに惹かれる 」 6/28付「 誕生日ソングのこと;いくつかの覚書 」 5/29付「 「音楽」を観た 」 結構熱のこもった記事になっていると思う。 さて、最近聴いているアーティストを3つ紹介しておきたい。 1つ目は 長澤知之 。私が大好きな福耳(オフィスオーガスタの所属アーティスト参加プロジェクト)メンバーでもあるので、その存在も知っていたし、歌声やギターを弾く姿の特徴的なところからもすごく気になっていた。また、andymoriのメンバーとのバンド「AL」も気に入って何度も聴いていた。 次の曲は福耳のなかでも私が気に入っている曲であり、長澤知之の存在感も大きい曲。 しかし、ソロについてはあまり聴いていなかった。それが、先日たまたま深夜ラジオ(マジカルラブリーのオールナイトニッポン0)で、たしか「JUNKLIFE」だったと思うのだけど、流れていていいなと思った。歌声から、長澤知之だなあとすぐわかった気はするのだけど、こんな良い詞を書くのかと慌ててベスト盤をサブスクリプションのライブラリに加えた。それから最近はしょっちゅう聴いている。 次の曲「センチメンタルフリーク」が大好き。 次に、 ズーカラデル が新譜を出してい...

曲案:オープン・マイ・アイズ(仮題)

イメージ
  自作曲の案。もう少し作り込みたいけど、とりあえず現時点のものとして。

楽しむこと;表現すること

イメージ
  私は音楽が好きだ。 それはたぶん間違いがない。だけど、それが表現することと交わると、そこに迷いが生まれる。 私にとって、表現することは非常に重要な命題である。 私は、自分の口を使って自分の思っていることをうまく言い表せない。自分の頭の中に広がっている世界を、誰かに理解してもらいたいという激しい熱がある。だけど、それをうまくできない。頭の中には伝えるべき言葉が流れているはずなのに、伝えようと口を開くとその言葉はどこかに消えてしまう。婉曲した表現ではない。本当に、消えてしまうのだ。伝えたい気持ちはたくさんあったはずなのに、そのほとんどは私の中で燻ったまま層を成してきた。 だから、私はどうにかしてそれを伝えるられないかとその術を必死に探してきた。 特に執着してきたのは、音楽だった。 高校生の時、初めて曲を書いた。私が世界に対して引っ込むことを覚え始めたころだった。私は、口を噤むことが増えたかわりに、曲を書くことで私の頭の中のものを表すことができるかもしれないとずっと期待してきた。 最近、曲をアコギでカバーしてアップロードし始めたのには、このことに関連したいくつかの理由があった。 一つはギターをうまくなりたいと思ったことである。曲を書き始めたのは17歳のときだったが、アコギを始めたのは15歳のことだった。しかも、その当時私の本職はエレキベースで、スラップ習得のため必死に練習をしていた。力の加減がわからなくて、高音弦をよく切った。どんな力でプルしていたのか、今となったらさっぱりわからない。 ともかく、そんなだから私は、ギターの習練が多分足りない。それで、色んな曲を練習しないといけないと思ったのが一つの理由である。 もう一つは、自分の感じている世界を誰かと共有したいからだ。私にとって、とても大切ないくつかの曲がある。私の代わりに喜び、私の代わりに悲しみ、私の代わりに怒り、私の代わりに嘆いてくれる音楽がある。そんな音楽を誰かと、特に私が繋がりたいと願う人達と、共有したいという強い熱望がある。私がどんな音楽を聴いているのかということを隈なく誰かに伝えることができたら、おそらくそれだけで私のほとんど全てを伝えることができる(少なくとも私はそう信じてきた)。それは、なんて素敵なことなのだろうとずっと夢想している。 これがもう一つの理由だ。このブログを始めたのも、一番の根っこ...

雑文(ぼんやりとした日曜の夜の独り言)/お気に入り女性ボーカル

イメージ
何もない日曜日が一番疲れを感じる。というのはある気がする。 私の個人的な事情で、土曜日は色々と移動し、色々とする必要があることが多い。それで、必然的に完全な休みとなるのは日曜日が多い。 今日は、朝起きて午前中から頭の中に今日はあそこにいってあれをやって、あれを買って、それであれもやろうと計画があったのだけど、何となく体がだるくて動けず、結局16時ごろまで自宅でぼんやりとしていた。 16時になってからも、どこに行って何をやったかといえば、近所のマクドナルドに読みかけの小説を持っていって、ゼロコーラとチーズバーガーをお供にちょっとだけ読み進めただけだ。それも続かなくて、途中からは結局、志磨遼平の歌声をぼんやりと聴きながらマックで虚空を眺めていた。 疲れていたのだと思う。 私は、休日が来ると色々やらねばと思う性質だ。しかも、その色々には家事は入ってこないので、無駄に疲れた割に自宅の家事は進んでいない。 そんな感じ。 これを書いている今も、少し頭はぼんやりとし、明日からくる5日間という永遠にも思えるウィークデイのことを考えてげんなりとしている。 もう一度言う、疲れているのだと思う。 「私は疲れる人間である」という事実をよく自分に馴染ませないといけないのだと思う。「疲れたら休む」なんて、いちいち気を付けて取るような行動じゃないようにも思うのだけど、これがなかなか難しい。 それで、私は自分の疲れって体の疲れだと思ってたのだけど、これがもしかしたら頭の疲れかもしれないなと思う今日この頃。医者からも、少し頭を休めるというか落ち着ける類の薬をもらっているのだけど。 私の頭は活発な方なのだと思う。これが、元気、とか、アクティブ、とか表現できるといいのだと思うのだけど、私の場合はとかく意識が散逸する。あっちにいったりこっちにいったり。それで仕事に集中できないこともあるし、仕事に集中できるのはいいけど休みがくると意識を集中させておく目印がうまく据え付けられなくて、それで疲れてしまうのではないかとも思う。 特に今週は月曜日にメンタル一大事があったので、まあしんどかったんだろうなと思う。 しんどかったので、一番私の心に効く曲をカバーしてみた。ドレスコーズの「Lily」。志磨遼平のこういう感覚...

いい映画を観てころっと気分がよくなった話

イメージ
今週は絶不調だ。 月曜日にちょっとしたことが自分の心のかなり厄介なところに引っかかってしまって、そこから悪循環に入ってしまった。まだ循環から抜け出たかはわからない。持病みたいなもので仕方ないのだろうなと思うのだけど、こうなったときに自分で抱えきれなくなってSNSに垂れ流す癖をどうにかしたい。それが嫌だったから1回、SNSアカウントを全部削除したのだけど。。。 今日、とりあえずこんなことを落ち着いて書ける程度にはメンタルのバランスが戻ってきた。しかし、数時間前までは頭はすごく悪いところをずっとぐるぐると周回し続けていて、とりあえずちょっと落ち着いたのは、たまたまいい映画を観ることができたからだと思う。 自宅に帰って、深夜バラエティの録画を流しながらコンビニ弁当を食べて、そのあとはAmazon Primeで適当に映画を流しては止めて、流しては止めてを繰り返していた。なんとなく冒頭でこれじゃないという感じが濃厚で、見ていられないものが何本か続いたし、良さそうに思えた何本かは、その時間に見始めるには長すぎた。何もしないでいるとまたろくでもないことばかり考えてしまいそうで、自分の頭がとりあえずそこから剥がれれば、という目的だけだったから、適度な長さであまりにひどい映画でなければ、何でもよかった。 そして辿り着いたのが、2013年アメリカ公開(2015年日本公開)の 「Begin Again(邦題:はじまりのうた)」 ( 映画.com )。 見始めて10分のうちに、「あ、これはあたりだ」と思った。何より、音楽にフォーカスした映画で音楽を気に入る場合、それで外したことは(たぶん)ない。無論、音楽にフォーカスした映画で音楽がくそだったら、間違いなくストーリー無視で嫌いな映画になる。 とにかく、冒頭の猥雑なライブハウスで主人公のKeira Knightleyが嫌々ながらに歌いだすシーンがよかったし、そこから前半のストーリーの重ね方も好きだった。 そして、何より中盤のみんなで音楽楽しんでます感がたまらない。音楽を楽しんでいる景色が悪かったためしがない。 ストーリーはそれほど凝ってないと思うし、見方によっちゃありがちかなとも思う。個人的にはそんなところもスペクタクルに頼らないという意味で好きだった気がするし、まあ...

ふんわり;自画自賛

イメージ
  新しいページを本ブログ内に作った。たまにはこのブログでも自画自賛をしてみたい。 創作・模倣作品集 私は、音楽と読書が大好きなわけだが、それらを鑑賞するのも好きだし、それと同じかあるいはそれ以上に、自分なりに創作することも好きだ。特に、音楽については一応初めての曲を作ってから10年近く、のんびりとしたペースで創作を続けている。新しいページには、とりあえず、SoundCloudで公開している自作曲と、Youtubeで公開しているコピー曲集、そして本日開設した縦書きブログのリンクを掲載している。 同時に、昨日久々に新しい曲を録音した。 曲名は「ふんわり」。タイトル通りのふんわりした感じの曲。 特に、メインテーマと「見たこともない世界へ」のサブテーマみたいなところの切り替えは結構満足している。 自作曲は正直、結構気に入っている。というのも、割と自然な話で、料理好きで自分が嫌いな料理を作る人間はいない、というのと同じだと思う。特に次の曲などはうまくできたのではないかと思っている。 3曲目にあげた「不完全な冬」などはすごくシンプルなコード進行ながら、しっとりとした曲を書けて気持ちよかった。たしか、12月に入るころに道を歩きながらふと思いついた曲で、寒くて暗い自宅で宅配便を待ちながら録音した。 曲作りについては、高校時代に人生で初めての曲を書いた。それを再録音したのが、こちら。 「月へ帰る」というタイトル。歌詞への体重の乗り方がちょっと不満なのだけど、中学時代の同級生にコードのつけ方を教えてもらいながら作った曲(タイトルがスピッツの「月に帰る」ともろ被りしてるのは確実に影響されてます。曲調は違うけど)。これ以来、今に至るまでに結構曲を作った。こっそり作って、こっそりネット上で公開して、こっそりSNS上でアピールして、というのを繰り返してきた。 実は、このSoundCloudにあげている14曲以外にもたぶん10~20曲くらいあったと思うのだけど、それをあげていたのがmy spaceだったため、2019年にあった大量のデータ紛失事件でデータがなくなった。古いものは手元でバックアップも取っていなかった。 Gigazine (2019/3/19)「Myspa...

ダサいロックバンドが愛おしい話

イメージ
  最近は、日本のバンド音楽もかなりおしゃれなものが多くなった気がする。そういったものも一通り聴いてきたし、とてもかっこいいと思うし、それは間違いないのだけど、一方で私が本当に愛おしいと思うのは「ダサい」ロックバンドだったりもする。 そんなバンドをいくつか紹介したいと思う。なお、この記事での「ダサい」というのは心からの共感と賛辞をこめての表現なので、ここにあなたの好きなバンドの名前をあげることについて怒らないでほしい。私もそのバンドのことが好きなのです。 ここに書くバンドはどれも完成度は高いし、こだわりをもって自分たちなりのスタイルで音楽を楽しんでいる。媚びない彼らの「ダサさ」がそれすなわち彼らのかっこよさでもあり、私はそんな音楽に勇気をもらうことが多い。もう一度書くが、この記事でのダサいはかなり好意的な表現であることを理解してほしい。ダサいというのはすごく失礼な表現だとわかっているのだけど、悪い意味でダサいと思っている音楽は耐え切れず途中で投げ出してしまう。 最初に紹介したいバンドが、この記事を書こうと思ったきっかけでもある。その名も「みそっかす(メジャー時代の表記はミソッカス)」。 名古屋出身の、たぶん8年前くらいから大好きなバンド。何がいいって、ゴリゴリに詰め込むそのスタイル。昔バンドでベースを弾いていたから、音楽を聴くときはベースで聴くことが多いのだが、このバンドの曲はどれも、ベースが我を出しまくっているのがすごくいい。ベースが我を出しまくっているバンドに悪いバンドはない、というのが私の持論。 ボーカルの声質、キーボードの音色、ゴリゴリのリズム隊、このバランスがとてもすばらしくダサくてかっこいい。一度聴いてから病みつきになる感覚がたまらない。 「名古屋メシバンド」という言葉が彼らを形容する最高の言葉だと、かねてから私は考えている。味噌カツを厳粛な料亭や高級なレストランで食べたいとは思わない。だけどすごくおいしくて、何度も食べたくなる。そんなバンド。こんなにしっくりくる形容詞はないんじゃないかとすごく気に入っているのだが、残念ながら公表する機会もなかった。なのでしたり顔でここに記しておこうと思う。 とにかく、このバンドはすばらしい。なのだけど、ここ1年くらいちゃんと聴いていなかった。情報も集めていなかった。なんとなく音楽を幅広く楽しむ余裕がなか...

ラップなしでは語れない

イメージ
  ヒップホップ、あるいはラップについて、私は特にしっかりと聴いてきたわけではないので、語るべきではないと思うのだけど、1991年生まれの自分にとって、自分たちの世代の音楽遍歴を考えるうえでラップを避けては通れないのじゃないかと思う。ぼんやりしてたときにふとこんなことを思った。 結論から言うと、本当は好きだったラップを、ロック好きを自称してた時期に押さえつけてたのはすごくつまらないと思うので、かっこいいもの、乗れるものはそのまま楽しんだ方がいいよなあということ。あと、00年代の音楽って楽しかったなって。今日はそれについて少し。 音楽に影響を受ける環境は2種類あると思う。1つは幼少期から小学校(あるいは中学校)時代ごろまでの、自分で選ばずに外から入ってくる音楽に影響を受けるというような環境。もう1つは、自分で選び取ってどんどん深みにはまっていく環境。 別に理論でもなんでもないのだが、私はそうだったと思う。今でこそ、サブスクリプションの音楽サービスで自分の好みで音楽を聴いているけど(自分で選ぶ環境)、幼少期は自分にとって音楽は未知の領域がすごく大きかったから、売れてるものもそうでないものも、人から教えられるがまま、両親がカーステレオで流すまま、あるいはテレビで流れるがままに吸収していた時期があった。 そういう意味で、私が受動的に吸収してきたのは90年代と00年代前半のJ-POPだった(両親の影響はそれ以上昔のJ-POPか)。本当は洋楽とかにこのくらいで触れてたらよかったなと思うのだけど、まあそれはなかったのだから今更しょうがない。私は1991年生まれだから、1998年春に小学校入学、2007年春に中学校卒業(だと思う)ということで、ちょうど義務教育を受けていたあたりの音楽だ。 90年代の音楽としては、私の愛するスピッツをはじめ、ミスチル、ウルフルズや当時はやってたクラブ系の音楽とか。 そして、私が一番流行に興味があったのが00年代前半。 当時のヒットチャートを象徴していたと思うジャンルの一つは、BUMP OF CHICKEN、キンモクセイ、アンダーグラフのような90年代の遺伝子を引き継いだロックバンド(チョイスは完全に趣味;場合によってはモー娘。とかも、つんく プロデュースという意味でここに乗るのかも)。ある意味においては、00年代というのは「ロックバンド」が大...

歌詞で聴きたい音楽(英語詞編)

イメージ
  歌詞で聴きたい音楽について記事をまとめはじめたら、思いの外語りたいことが多く、記事が長くなってしまったので日本語詞と英語詞でわけることにした。 日本語詞編はこちら→ 2020/8/1付「歌詞で聴きたい音楽(日本語詞編)」 英語詞の一曲目は、デンマークのハードロックバンドDizzy Mizz Lizzy「Silverflame」。 このバンドとの出会いは、私が人生の中で遭遇したいくつかの数少ない運命の一つなので、近いうちに書きたい。 この「Silverflame」という曲、歌詞全体の空気、悲哀、音楽との共鳴、そんな感じがすごくいい。 https://genius.com/Dizzy-mizz-lizzy-silverflame-lyrics ぜひ歌詞を読みながら一度聴いてもらいたい。 次に、このブログでもすでに何度か登場しているハードロックバンドMr.Bigの「Superfantastic」。 この曲、ハッピーな曲調で次のような歌詞を歌うので、一見すごくハッピーな曲かと思う。 Superfantastic Everything is beautiful Nothing’s too tragic when it comes to happy people Bedtime stories, morning glories Blue skies and perfect life for you and me Mr. Big 「Superfantastic」 和訳すると「最高だ。すべてが美しい。幸せな人々にとっては悲劇的なことなんて何もないんだ。ベッドでの会話、朝顔、青い空、そして君と僕との完全な生活」みたいな感じだろうか。満ち足りた、平和で幸せな生活そのものを描いているように思う。ただ、Aメロの歌詞は実は雰囲気が違う。 He runs around Like it’s a monkey do situation Reach down into his soul and get nothin’ at all Ride the wave in a bubble made of plastic In a watercolor world that’s Mr. Big 「Superfantastic」 和訳すると「まるで猿みたいに、彼は走り回ってる。彼の魂の深い...

歌詞で聴きたい音楽(日本語詞編)

イメージ
  個人的に、「俺、ボーカルも楽器だと思ってるから、歌詞ってあんまりちゃんと聴かないんだよね」という意見を聞くと、なんとなくかっこいいなあと思う。自分自身を振り返ると、邦楽はがっつり歌詞も聴くタイプだ(もちろん音楽全体も楽しむのだが、歌詞がいい曲にはすごく強く惹かれる)。だからといって歌詞さえよければなんでもいいわけではなく、やっぱり曲がちゃんと好みであってその上歌詞に惹かれるものを好む。だから、歌詞優先というわけでもないか。 ともかく、日本語詞と英語詞で記事をわけてお気に入りを紹介してみようと思う。 日本語詞編で一つ目に紹介したいのは、スピッツ「若葉」。個人的にはスピッツの数ある曲でも、一番の名曲だと思っている。 そもそも、曲が最高である。アコギとマンドリンの穏やかな最初のAメロ。そこに、エレキギターとベースのロングトーンが乗り、更にドラムが入り完成度の高いバンドサウンドとなる。Led Zeppelinの「Stairway to Heaven(天国への階段)」と構成は同じかもしれない(「若葉」はもっと明るくて穏やかだが)。 歌詞で好きなのは2番のBメロだ。 暖めるための 火を絶やさないように 大事な物まで 燃やすとこだった スピッツ「若葉」 高校時代にこの曲が発売されたとき、歌詞のこの部分で泣きそうになった。今も胸に深く突き刺さる。自分の人生は、今目の前の火を絶やさないために大事な物もそうでもないものも、見境なく燃やし続けてきたように思う。本当は自分にとって、手放してはならないはずだったものも、数多くその火に投げ込んできた。 ようやく最近、そうでは生き残れないことがわかってきた。これからは、本当に大切なものはちゃんと自分の中に残していこうと思う。 それにしても、草野マサムネはやはり弱い心を歌うのがうまい。というか、今日の記事で私が触れるシンガーたちは、おそらく全員が弱さを歌うのがうまい人たちになると思う。 せっかくなので、Led ZeppelinのStairway To Heabenも貼っておく。歌詞もなんとなくいいと思うし(残念ながら深くは理解していない)、何より曲のドラマチックさがロック史に残る名曲。 そして次にあげたいのが、毛皮のマリーズ「YOUNG LOOSER」。 現在、ドレスコーズとして活躍している志磨遼平の最初のバンドで発表した初期の曲。...