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9月, 2020の投稿を表示しています

曲案:オープン・マイ・アイズ(仮題)

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  自作曲の案。もう少し作り込みたいけど、とりあえず現時点のものとして。

Under Construction(Bloggerでのはじめまして)

はじめまして、RTと申します。 自分の趣味である音楽、読書、映画、漫画などについて、自分の思ったままの感想を書きたいということや、自分自身での曲作りや散文執筆といった表現を一つのプラットフォームでやりたい、ということでブログを今年から始めています。 今年の5月に WordPress.comで作成したページ でちまちま更新していたのですが、肌に合わない部分もあり、Bloggerに移住してきました。当面、WordPressから記事を移植したりしながら、少しずつ環境整備をしていきます。 どうぞよろしくお願いいたします。 ○散文執筆: https://satsumage81.goat.me/ ○曲作り: https://soundcloud.com/satsumage81

楽しむこと;表現すること

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  私は音楽が好きだ。 それはたぶん間違いがない。だけど、それが表現することと交わると、そこに迷いが生まれる。 私にとって、表現することは非常に重要な命題である。 私は、自分の口を使って自分の思っていることをうまく言い表せない。自分の頭の中に広がっている世界を、誰かに理解してもらいたいという激しい熱がある。だけど、それをうまくできない。頭の中には伝えるべき言葉が流れているはずなのに、伝えようと口を開くとその言葉はどこかに消えてしまう。婉曲した表現ではない。本当に、消えてしまうのだ。伝えたい気持ちはたくさんあったはずなのに、そのほとんどは私の中で燻ったまま層を成してきた。 だから、私はどうにかしてそれを伝えるられないかとその術を必死に探してきた。 特に執着してきたのは、音楽だった。 高校生の時、初めて曲を書いた。私が世界に対して引っ込むことを覚え始めたころだった。私は、口を噤むことが増えたかわりに、曲を書くことで私の頭の中のものを表すことができるかもしれないとずっと期待してきた。 最近、曲をアコギでカバーしてアップロードし始めたのには、このことに関連したいくつかの理由があった。 一つはギターをうまくなりたいと思ったことである。曲を書き始めたのは17歳のときだったが、アコギを始めたのは15歳のことだった。しかも、その当時私の本職はエレキベースで、スラップ習得のため必死に練習をしていた。力の加減がわからなくて、高音弦をよく切った。どんな力でプルしていたのか、今となったらさっぱりわからない。 ともかく、そんなだから私は、ギターの習練が多分足りない。それで、色んな曲を練習しないといけないと思ったのが一つの理由である。 もう一つは、自分の感じている世界を誰かと共有したいからだ。私にとって、とても大切ないくつかの曲がある。私の代わりに喜び、私の代わりに悲しみ、私の代わりに怒り、私の代わりに嘆いてくれる音楽がある。そんな音楽を誰かと、特に私が繋がりたいと願う人達と、共有したいという強い熱望がある。私がどんな音楽を聴いているのかということを隈なく誰かに伝えることができたら、おそらくそれだけで私のほとんど全てを伝えることができる(少なくとも私はそう信じてきた)。それは、なんて素敵なことなのだろうとずっと夢想している。 これがもう一つの理由だ。このブログを始めたのも、一番の根っこの理由は

書き物のブログを更新しました

  別途やっている書き物のブログを更新いたしました。 「捨てること、与えること、求めること」 https://satsumage81.goat.me/uGTf3s5Wrm よろしければ、覗いてやってください。

雑文(ぼんやりとした日曜の夜の独り言)/お気に入り女性ボーカル

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何もない日曜日が一番疲れを感じる。というのはある気がする。 私の個人的な事情で、土曜日は色々と移動し、色々とする必要があることが多い。それで、必然的に完全な休みとなるのは日曜日が多い。 今日は、朝起きて午前中から頭の中に今日はあそこにいってあれをやって、あれを買って、それであれもやろうと計画があったのだけど、何となく体がだるくて動けず、結局16時ごろまで自宅でぼんやりとしていた。 16時になってからも、どこに行って何をやったかといえば、近所のマクドナルドに読みかけの小説を持っていって、ゼロコーラとチーズバーガーをお供にちょっとだけ読み進めただけだ。それも続かなくて、途中からは結局、志磨遼平の歌声をぼんやりと聴きながらマックで虚空を眺めていた。 疲れていたのだと思う。 私は、休日が来ると色々やらねばと思う性質だ。しかも、その色々には家事は入ってこないので、無駄に疲れた割に自宅の家事は進んでいない。 そんな感じ。 これを書いている今も、少し頭はぼんやりとし、明日からくる5日間という永遠にも思えるウィークデイのことを考えてげんなりとしている。 もう一度言う、疲れているのだと思う。 「私は疲れる人間である」という事実をよく自分に馴染ませないといけないのだと思う。「疲れたら休む」なんて、いちいち気を付けて取るような行動じゃないようにも思うのだけど、これがなかなか難しい。 それで、私は自分の疲れって体の疲れだと思ってたのだけど、これがもしかしたら頭の疲れかもしれないなと思う今日この頃。医者からも、少し頭を休めるというか落ち着ける類の薬をもらっているのだけど。 私の頭は活発な方なのだと思う。これが、元気、とか、アクティブ、とか表現できるといいのだと思うのだけど、私の場合はとかく意識が散逸する。あっちにいったりこっちにいったり。それで仕事に集中できないこともあるし、仕事に集中できるのはいいけど休みがくると意識を集中させておく目印がうまく据え付けられなくて、それで疲れてしまうのではないかとも思う。 特に今週は月曜日にメンタル一大事があったので、まあしんどかったんだろうなと思う。 しんどかったので、一番私の心に効く曲をカバーしてみた。ドレスコーズの「Lily」。志磨遼平のこういう感覚

いい映画を観てころっと気分がよくなった話

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今週は絶不調だ。 月曜日にちょっとしたことが自分の心のかなり厄介なところに引っかかってしまって、そこから悪循環に入ってしまった。まだ循環から抜け出たかはわからない。持病みたいなもので仕方ないのだろうなと思うのだけど、こうなったときに自分で抱えきれなくなってSNSに垂れ流す癖をどうにかしたい。それが嫌だったから1回、SNSアカウントを全部削除したのだけど。。。 今日、とりあえずこんなことを落ち着いて書ける程度にはメンタルのバランスが戻ってきた。しかし、数時間前までは頭はすごく悪いところをずっとぐるぐると周回し続けていて、とりあえずちょっと落ち着いたのは、たまたまいい映画を観ることができたからだと思う。 自宅に帰って、深夜バラエティの録画を流しながらコンビニ弁当を食べて、そのあとはAmazon Primeで適当に映画を流しては止めて、流しては止めてを繰り返していた。なんとなく冒頭でこれじゃないという感じが濃厚で、見ていられないものが何本か続いたし、良さそうに思えた何本かは、その時間に見始めるには長すぎた。何もしないでいるとまたろくでもないことばかり考えてしまいそうで、自分の頭がとりあえずそこから剥がれれば、という目的だけだったから、適度な長さであまりにひどい映画でなければ、何でもよかった。 そして辿り着いたのが、2013年アメリカ公開(2015年日本公開)の 「Begin Again(邦題:はじまりのうた)」 ( 映画.com )。 見始めて10分のうちに、「あ、これはあたりだ」と思った。何より、音楽にフォーカスした映画で音楽を気に入る場合、それで外したことは(たぶん)ない。無論、音楽にフォーカスした映画で音楽がくそだったら、間違いなくストーリー無視で嫌いな映画になる。 とにかく、冒頭の猥雑なライブハウスで主人公のKeira Knightleyが嫌々ながらに歌いだすシーンがよかったし、そこから前半のストーリーの重ね方も好きだった。 そして、何より中盤のみんなで音楽楽しんでます感がたまらない。音楽を楽しんでいる景色が悪かったためしがない。 ストーリーはそれほど凝ってないと思うし、見方によっちゃありがちかなとも思う。個人的にはそんなところもスペクタクルに頼らないという意味で好きだった気がするし、まあ