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30歳を迎えて/渾身の一曲「海猫」

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30歳を迎えた。 20歳を迎えたときには、自分の人間性の自信のない部分については置いておいて、現実的な技能をまずは身につけていこうと、人間性は30歳からでいいだろうと、そんなことを考えていた。 結局、そうもいかず、人間性の足りないところからぼろぼろに崩れていったところもあった。しんどかった。辛かった。自分そのものが恥だった。 小賢しい生き方ばかり身につけて、技巧的に振る舞う自分が醜く思えて仕方なかった。 色々あって、ここ2年で自分の特質・自分の生き方・自分らしさを考えてきた。 よく考えてみると、子供の頃から生きづらかった気がする(年齢だけ30歳になったけど、果たして今の私は「オトナ」になれたのだろうか)。 そうなんだけど。 そうなんだけど。じゃあ、自分の人生のどこかのタイミングに戻れるとして、俺はそれをするだろうか。 いや。しないなあ。しんどかったこと、辛かったこと、苦しかったこと、死ぬほど腹がたったこと、誰かを傷つけたこと、恥ずかしいこと、それともちろん楽しかったことも、その全てが俺のアイデンティティなんだろうなと思う。 たぶん、それをどこかできれいに書き換えたら、きっとそれは最早俺じゃないんだろう。 ネガティブに自分を傷つけながらここまで来て、その中で作られた自分の視点を大事にしたい。 30代は、一つ一つこれまで落としてきたものを拾いながら、一歩一歩、生きていこうと思う。 まあ、しんどいんだけど。色々。情けなくて自信がなくて、どうしようもないんだけど、それでも。 たぶん、生きるってそういうことなんだろうと思う。自分の歩幅で、少しずつ。ポコ・ア・ポコ。 そんなこんなを思いながら書いた渾身の一曲。ぜひ聴いてほしい。 歌詞は縦書きブログで公開しております。こちらもよろしければ。 海猫 - ウミネコ - g.o.a.t (goat.me)

好きな日本人作家の話

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個人的な話になるが、昨年夏頃から読書習慣が7年ぶりくらいに復活した私は、ようやく日本の文学作品を多少なりとも広く読むようになった。 私は音楽でも読書でも基本的には、誰か1人(もしくは1グループ)に猛烈にはまり、その人(グループ)に影響を与えたものに派生していく形で趣味の幅を広げる。だから、ジャンルだったり年代だったり、客観的な分類で話を始めるとうまく入っていけないことが多い。 読書については、特に村上春樹作品によく登場するフィッツジェラルドのようなアメリカの作家の方面で広げてきたように思う。 それが、最近改めて村上作品だったり関連作品だったりを読み直していた中で、ようやく夏目漱石に辿り着き、日本文学を色々と楽しみたいと考えている状況が現在である。 まずは夏目漱石の話をする前に、 内田百閒 について。 村上春樹「1Q84」の中で天吾が病室で眠り続ける(そして不和でもある)父に向けて淡々と読み聞かせをする場面の中で登場する「 東京日記 」という小品集からの一節が何となく強烈な印象を与えてきた。最初はその文の出典がわからなかったところから頑張ってこの作品を探し出してきて、読んでみて大好きになった。個人的には、「 百鬼園随筆 」、「 御馳走帖 」で見せるへそ曲がりの頑固な厄介者な姿や「 ノラや 」で見せる可愛らしさなどもまた、随筆を通じて見ることができた百閒先生の姿であり、この作家に強い親しみを覚えることとなった。 明治の終わりに岡山県に生まれ、昭和の終わりまで生きた作家。夏目漱石の大ファンとして帝大入学と共に上京し、芥川龍之介に背中を押されてプロの小説家になったらしい。 本当にその素直な日本語の使い方が印象的で、とても好感の持てる作家だと思う。 さて、話を夏目漱石に戻す。夏目漱石を手に取ったのは複数の要因からだった。 一つは、 内田百閒 。上述のとおりであるが、彼は夏目漱石の大ファンであり弟子でもある。 もう一つは、「 海辺のカフカ 」。主人公の少年が高松の図書館で夏目漱石の「 坑夫 」を読む場面がある。 さらにもう一つが、 芥川龍之介 。新潮社が「 芥川龍之介短篇集 」(ジェイ・ルーピン編)という、英語話者向けに海外で発売されたものを「逆輸入」したものがあるのだけど、その序文を村上春樹が書いているということで手に取っていた。そして、芥川龍之介は内田百閒の親友であり、夏目...

『1984年』の再読・感想

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ジョージ・オーウェルの「1984年」を再読した。 『一九八四年〔新訳版〕』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター (bookmeter.com) 初めて読んだのは、20歳を過ぎた頃、7・8年前だったと思う。おそらくよくあるパターンだと思うのだが、村上春樹「1Q84」を初めて読んだ時にそこで登場した書籍をひたすら読み漁っている時期があって(この時期に現在、日本人作家として2番目に好きとなった内田百閒とも出会う)、勿論「1Q84」のモチーフとなった本作も手に取った。 そして、読み終えることとなったのだが、初読時の読後インパクトとしてはおそらく現在でも未だに最も強烈だと思う。分かりやすく言って、「喰らってしまった」。こめかみ辺りにがつんと一発。脳が揺れてくらくらする感覚。正直言えばポジティブなインパクトではない。物語はよく構成されていて、手に取った単行本(新訳版)は言葉遣いも非常に読みやすい。インパクトとなったのは、その物語が導き出す絶望性にあった。 こればっかりは絶対にネタバレできない。私は、できるだけ多くの人にこの本を手に取ってもらいたい。この小説が発表されたのは1949年、ジョージ・オーウェルが亡くなったのは1950年だが、今の時代においても、あるいは今の時代だからこそ、自分が自分として生きることを考えさせる小説だと思う。もしくは、「個として生きること」あるいは「個として殺されること」を強く考えさせられる物語だとも思った。 本書はカテゴライズすればディストピアものとなるが、私にはこの小説が完全なフィクションだと断言できない。この小説を覆う絶望の根となっているものは、現代の社会にも地続きのところにあると、そんな気がするのだ。よく思うのだが、現実を構成するある種の要素は、ノンフィクションでは描くことができないのではないか。一度抽象化し、フィクションとして再構成することによりはじめて、現実に潜むある種の要素が際立って表現されるのではないかと思う。 はっきり言って「喰らいます」。ハイカロリーです。それでも、それでもなお、できるだけ多くの人にこの絶望を実際に喰らってほしい。1984年という小説の舞台設定やおおよその展開はWikipediaでも学べると思う。だけど、この絶望を実際に喰らったか喰らってないかは、人生経験として大きく違ったものとなると思う。 ぜひ読んでほしい。...

Rei、表現する人;『Rei Release Tour 2021 "SOUNDS of HONEY"』の感想

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ミュージシャンってすげえなって思った。 今日はミュージシャン・Reiのライブをオンラインで視聴。 楽しかった。すっごい楽しかった。Reiを知ったのは確か2019年の中頃のことで、それから色んな曲を聴いていたのだけどライブを観たのは今回が初。 Rei自身も、またバンドメンバーも、すごくかっこよかった。もうまずはとにかくそれだけ。自宅でイヤフォンして踊り狂っていた。めっちゃよかったよほんと。 とにかくかっこよかった。「女性シンガーソングライター」とか「女性ギタリスト」とか、あるいは「シンガーソングライター」とか「ギタリスト」とか、もはやそういうカテゴライジングは意味なくて、全てのジャンルから独立して、もしくは全てのジャンルとのクロスオーバーとして、「Reiという表現者」として成り立っているのがすごかった。 よくよく考えたらこれまで聴いてきた曲もそうだったと思うのだけど、ステージ上にギタリストはRei1人。ロックで、かつこれほどギターでの表現が豊かな楽曲だと、バッキングギターを入れそうな気もするのだけど、そこに行かないのも、これもまた彼女の表現の芯の強さなのではないかと思う。(彼女はそんなにエゴイスティックではないのだと思うのだけど)「私の他にギターは要らない」というその姿がまず表現者としてかっこいい。Miyaviとかともそういう意味ではスタイルが重なる。唯我独尊のギタースタイル。しびれるんだよなほんと。 いつものことなのだけど、私はライブに行くのにすごく腰が重いタイプだ。チケットを買って、東京に電車で出て、ライブを楽しんで、夜遅くに帰ってくるというのを考えると何となく億劫になってしまって、相当行きたいと思わないと(この「相当」というのはReunionとか、神と崇める志磨遼平とか、本当にそのレベル)、ちょっとやそっと好きなだけならなかなかライブに足を運ばないことを改めたいなと思った。健康に生きてライブに行く。これ大事だな。 ライブ中に彼女が(うろ覚えなのだけど)「かたまりとしての「みんな」じゃなくて一人一人の「あなた」に私の曲を届けたい」というようなことを言っていて、ちょっと泣きたくなった。そうなんだよ。塊じゃないんだよな。 明日から一週間が始まる。ちょっとどんよりだけど、どうにか乗り越えていこうと思う。 そういえば今朝はようやく新居にインターネットが入った。何だか、その...

くだらんおっさんたちよ、とりあえずここらへん聞こうぜと言いながら只々最近私がエモいと思った曲というかもう只々好きな曲を羅列する記事

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私は「ある種の」おっさん的思想が苦手だ。 そこら辺に関連して縦書きブログを更新した。 共同体と個・溶液・一九八四年 - RT - g.o.a.t ちょっと内容がペシミスティックにすぎた気がするので、そんな頭の凝り固まったおっさんたちに聴いてほしい曲を羅列することで近年のポジティブな面を楽しもうと思う。世間から叩かれまくってるおっさん方もこの素晴らしい現代の自由な音楽を聞いたらいいんじゃないかしらと思うのです。 Rei「Lonely Dance Club」 ほんと素敵。まずかっこいい。そしてかわいい。肩肘張って現代に戦いを挑むよりも、まず自分らしくあろうとする彼女の音楽スタイルがすごく好きです。何よりクオリティも半端ないのだけど。 藤原さくら「ゆめのなか」 この曲、歌詞をじっくり聴くとすごく心に来る。ラブソングじゃないんだよね。いや、ある意味ではラブソングか。「好きとかきらいとかそういうんじゃないんだ。ただ、、、大切にしてあげたいな 笑ってたいな」 すごく好きな歌詞の曲。 ALI「LOST IN PARADISE」 最近好きなバンド。かっけえ。多国籍バンドなんですってね。そして、HIP-HOPとのコラボも多く、めっちゃクロスオーバーだなあと大好き。そして、この曲、呪術廻戦のアニメのテーマなのね。あれ、漫画で一時期ハマってました。ここのところ、漫画を読むのをやめてしまったので、追っかけてはないのだけど(決して漫画へのディスとか、「俺、漫画読まねえんだよな」という謎マウントではなく、純粋に自分の何となくの流れで今そうなっているという話です)。ここ近年の豊作だったジャンプ漫画でも、たまらなく好きな漫画だった。釘崎野薔薇最高。 フラワーカンパニーズ「深夜高速」(The First Take) いや、もうなんか最近聴いててやばい動画を挙げる流れになってきている。原曲の「生きててよかった」とはまた違う趣きの「生きててよかった」。フラカンはベスト聴いたくらいだけど、この曲はたまに全力でカラオケで歌ってます。しかし、このアレンジはやばい。 橋本愛「木綿のハンカチーフ」(The First Take) もうただのファーストテイク縛りではないか。いやでも、この人いいなあと思った。俳優さんなのね。だからこそのこの表現なのかな。この曲ならおっさんも楽しめるでしょ?しかし繊細な表現ができる人な...

引っ越しの話;生き方と土地

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個人的な話で失礼仕る。 そもそもブログは個人的な話をする場ではあるのだが。 本日、2021年2月1日に、茨城県つくば市から千葉県我孫子市へ引っ越しをした。 特に仕事を変えるとか、誰と同居しはじめるとか、そういうことはない。家賃は今より幾千円か安くなり、居住スペースは7割程度になった。 今回の引っ越しに関して、兎にも角にもテーマは住む土地を変えることである。 「職住近接」という言葉がある。 私の仕事は、「研究・開発分野の団体職員」である。そしてつくばは、研究・開発の街である。「職住近接」という観点からいえば、何と理想的な環境かという話になる。 のだけど、実際に私の人生というものを考えたときに、これが全てなのだろうかという気持ちが強くあった。 研究者、というものを見ていると、一つのテーマに深く潜ることが得意な人が多い印象を持つ。この仕事についてもう5年が経つ訳だが、就職してから近年に至るまで私は、それが理想だと思って生きてきた。 ただ、この5年、というか大学院の修士から数えればこの7年、私は色々なものを擦り減らしてきた気がする。 昨年、このブログを立ち上げた。その中で、読書や音楽について語る、或いは些末ながらに文を書き、曲を作る行為を行っているうちに、こういったことが自分にとってどれほど大切かということを改めて思い知った。 私の人生は、仕事に規定されるものではない。 それがここのところ思うところである。私の人生には本来、仕事があり、読書があり、音楽があり、映画があり、旅があり、そしてなんだろう、他にもまだ私も気が付いていない何かがあるのではないか。 そう考えた時、つくばという街に住み、研究という仕事をすることを少し危ないことではないかと思った。 それで、ここ2年ほど引越し先を探していた中で決定したのが、今回引っ越してきた我孫子市という街だ。 最初にこの街を選んだ理由は極めて物質的な理由からだった。 通勤時間がそれほど長くならないこと。街としてうるさすぎず、静かすぎないこと。 最初はそれだけだった。 それが、何度かこの街に通っていてわかったのだが、この我孫子という街は古い別荘地であり、明治終期から大正にかけての文学での一大ムーブメントであった白樺派が一時期拠点としていた土地でもあるということがわかった。 決して家探しをしたときに、白樺派を読んでいたわけではなかったから、そ...

しんどい日の日記

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しんどいなあ。 しんどい。 「たかがそれだけ」のことから始まって、色々なことを連想する。 自分の中の虚ろが強く存在感を主張する。録画していた深夜番組が途切れたとき、聴いていた曲が終わったとき、読んでいる本を置いてトイレに行こうとしたとき、部屋の中に充満する空虚さが強くその存在を主張してくる。 色々考えると、これまでの自分の行動原理は基本的に虚無感だったんだなあと思う。心の内にある虚無感を埋めるためにあらゆるものを詰め込み詰め込み、それを漏らして漏らして、ずっと空っぽのまま走っていたのだろうなあと。これまでの人生で色々な優秀な人たちのなかに紛れる機会が多かったのだけど、その度にいつも自信に満ちている彼らと比べたときの自分の色のなさを(無意識下で)意識していたんだろう。 もう、色んなことが正直しんどい。何で皆平気な顔してこんな世界を生きてるんだろう。 この歳で漸く、どうにか歩いていく方法を学ぼうとしている。右足を出して左足を出して、その次の右足を挫いて、勢いで左足も怪我をして、うまくいかない。周りの人間がたったかたったか歩いている中で俺は何をちんたらちんたらやっているのかと反吐が出る。 何で俺はこんなにもうまく歩けないんだろう。 「俺たちはただ普通に息を吸って吐くだけが何故難しいでしょうか」(in 「オトナ」by Creepy Nuts) だけど、まあ、何だろう。外的要因じゃないんだよな。ずっと。もう20年以上、内に抱えてたもので、いつかは向き合わないといけなかったものなんだろうと思う。 ニュースに出てくる下らない年寄りにならないために、今のこのしんどさがきっとあるんだろう。俺に、あんなことを言ったあの下らない中年にならないために、今のこのしんどさがあるんだろう。どうにかしてこうにかしてこのしんどさの中を生きていって、どうにかしてこのしんどさの先に中身のある自分を見つけてやりたい。この歳でこのしんどさに向き合うのは、ある意味幸運なのかもしれない。みっともない年寄りになる前に、自分の大きさをもう一度考える。 自信はさらさらないのだけど。全くないのだけど、このしんどさの先に、しんどさを誤魔化さずに向き合った先に、虚ろではない自分が居るとでも思ってないと、立っていることすらしんどいよ。 しんどいものはしんどいから、無理はしちゃいかんね。俺はもう壊れてたんだよ。長い間。ようや...

久々に映画の話;自分の価値をどう定めるか

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最近は本を読むことが多いこともあって、あんま映画を観ていなかった。 久しぶりに映画を観た話を。 「おんなのこきらい」 https://eiga.com/movie/81389/ 監督は加藤綾佳、主演は森川葵。 数年前に初めて観て、その後も数度鑑賞している。 森川演じる主人公キリコは、徹底的に媚を売り、男にはちやほやされ女には嫌われる「かわいい女の子」。かわいくあることに全てを費やし、かわいい食べ物を食べるのが大好きで大量に食べるものの、体型を維持するためにそれを全て吐く摂食障害者。 齢二十九を迎える男がどうしてと思われるのかと思うかも知れないけど、私は主人公キリコにすごく共感を覚える。 徹底してイメージを作り上げて生きていくことが生む自分の中の空虚さ。 イメージに頼って生きて、そのイメージが崩壊したとき・維持できなくなったときに自分の人生が迎えるカタルシス。 キリコにはずっと好きで尽くしていた男がいた。その男のためにずっとかわいくあり続け、その男にはそういうところが面倒くさいと振られ、別の女とくっつくことになる。その女に言われる一言。 「おばけみたい」 自分は、皆に好かれるために、この世界でやっていくためにそのイメージを纏ってきたのに、気が付いたらそのイメージの内側に何もなくなっている。人生の全否定である。 キリコの人生が崩壊したときの感覚が私にもよくわかる。 私ももう、自分のイメージをコントロールして生きていることに疲れてしまった。イメージのコントロールが生む空虚さに耐えられなくなってしまった。 恐れることも怒ることも、自分に許すことができずにオトナになってしまった。 表では、冷静で柔和で人の良いイメージを作りながら生きてきた間に、どんどん自分の中の自分の価値がなくなっていった。それを埋めるために必要なものはそんじょそこらの欲求では敵わない。 キリコは、それを埋めるためにかわいいものを食べ続け吐き続けていた。私も、それに似たことを色々とやりながらここまで生き延びてきた。 そんな生き方は保つ訳がない。その空虚さを埋めるべく使われるものの全ては、人間の身体を健全に保つようなものではない。過食症をもつ人は、口にしたものを全て吐くから、体内を激しく傷つけるし、薬を飲んでも吐くが故にそれが効かないとも聞く。 この映画の訴えかけることは、自分の価値を自分でどう定めるか。本当の...

いびつなひとのためのまっすぐな音楽

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縦書きブログを更新した。 私は発達障害者です - RT - g.o.a.t 今年の3月、ADHDの診断が出たというお話。 色々と生きづらさがある私だし、世間には生きづらい人が山程居る気がする。それを証拠に、この世の中には、山のように生きづらさを叫ぶ歌が溢れている。 最近、生きづらい私のエモーションを揺さぶる(エモい)曲をまとめておきたいと思う。 Rei「ERROR 404」 ボクたちの心臓は 刻んている 不揃いなbeatを I'm an ERROR ERROR ERROR 刻々と時間 すぎさっていく 無力なボクのtempo I'm an ERROR ERROR ERROR 素晴らしい。私と同世代でこんなにクラシカルでニューエイジで最高にクールな曲を作る天才の一人。歌詞に込められる、「自分らしくあってやる」という彼女の魂に、いつも勇気をもらう。 長澤知之「はぐれ雲けもの道ひとり旅」 少しその街を離れて ケータイの電源を切って しばらく友達も忘れて 鈍行に揺られるだけでいい 君にとってその生活が時折負担になったなら 恋しくなるまで旅をして 恋しくなったら戻ればいい この人は、以前の記事にも書いたが、はじめはオフィスオーガスタの福耳の一員として、そのギタースタイルと独特の声質が気になって、その後ALのメンバーとして認識して、最近漸くソロを聴くようになったのだけど、センシティブで傷つきやすい自分の弱いところを、格好つけず素直に歌い上げてくれる等身大の歌詞が魅力。これまた大好き。  ズーカラデル「イエス」 有り余る情熱が 君を追い詰めるだろう 阿呆みたいな顔して流れてく 人混みを追いかける 見そうで見えない答えが どうにもならん苛立ちが 小さくても消えない魔法が 未だに足を突き動かす まだ何も判らないけど 行かなきゃ ほらイエス言え この人達もよい。等身大。かっこいいんだけど、かっこつけていない。ある意味ではダサさすら感じる。こういう人たちがちゃんと売れてほしいなあ。 Mr.Big「Goin' Where the Wind Blows」 Am I strong enough to walk on water Smart enough to come in out of the rain? Or am I a fool goin' where...

大人になることを考える;村上春樹「海辺のカフカ」の再読

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村上春樹「海辺のカフカ」再読。 読み終えて一日考えたことのメモ(FBに書いたこと)。読み終えてすぐの感想はその下に長々と。 昨日、村上春樹「海辺のカフカ」を読了し、色々なことを考えた。ここのところ、自分のこととして考えていたこととクロスし、中々身のある思索になっている気がする。 「海辺のカフカ」の主題は、とにかく「大人になること」である。 大人になること、子供ではなくなることとは何か。 この小説で描かれるそれは、両親や育った環境に対する受動的な態度を、それら全てを含めて自分自身であると受け入れる(=主体的な態度)ことなのではないかと思った。両親や育ち、というのは子供が選べないものである。しかし、それがどんなものであれ、人間は大人になっていく。そのときに、自分が受け取ってきたもの(善きものにせよ悪しきものにせよ)を、自分で選び、認め、許し、受け入れることが必要になるのではないかと考えた。 また同時に、大人になることとは、河の向こう岸に見える「理想の自分」を追い求める姿勢から、こちら岸の自分と向き合う姿勢に変わることではないかと思う。どこかにあるかもしれない理想の自分を手探りで探す年齢ではもうないのだろう。こちら側の、この世界に立つこの自分という存在を、選び、認め、許し、受け入れる儀式もまた大人になるということなのではないかと思う。 こう考えると、20歳を迎えて既に9年半近くが経つ私も、ずっと子供のままだったのだと思う。長らく小学生の頃からの延長線にいた気がする。 自然発生的に生じた自分という存在を、自分の意志で受容する。自分が認めた存在として再定義する。それが大人になる、ということなのかもしれないと考えていた。 そんな日曜日。 以下、読み終えた昨日勢いで書いた長い感想。 気になるところに付箋を貼ってみたら、高校時代の英単語集みたいになってしまった。 おそらく、20歳ごろ、人生で初めて読んだ村上春樹の小説だったのではないかと思う。当時は、この小説の意味がよくわからなかった。格別、表現が難しいわけではない。起きていることはなんとなくわかる。何かのメタファーとなっていることはわかる。何かを伝えようとしているのはわかる。だけど、それが何かわからなかった。 今回は、意を決しての再読。丁寧に読むことにした。また、あれからほぼ10年が経つ、というのもある。何となくこの小説の伝え...

Under Construction(Bloggerでのはじめまして)

はじめまして、RTと申します。 自分の趣味である音楽、読書、映画、漫画などについて、自分の思ったままの感想を書きたいということや、自分自身での曲作りや散文執筆といった表現を一つのプラットフォームでやりたい、ということでブログを今年から始めています。 今年の5月に WordPress.comで作成したページ でちまちま更新していたのですが、肌に合わない部分もあり、Bloggerに移住してきました。当面、WordPressから記事を移植したりしながら、少しずつ環境整備をしていきます。 どうぞよろしくお願いいたします。 ○散文執筆: https://satsumage81.goat.me/ ○曲作り: https://soundcloud.com/satsumage81

楽しむこと;表現すること

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  私は音楽が好きだ。 それはたぶん間違いがない。だけど、それが表現することと交わると、そこに迷いが生まれる。 私にとって、表現することは非常に重要な命題である。 私は、自分の口を使って自分の思っていることをうまく言い表せない。自分の頭の中に広がっている世界を、誰かに理解してもらいたいという激しい熱がある。だけど、それをうまくできない。頭の中には伝えるべき言葉が流れているはずなのに、伝えようと口を開くとその言葉はどこかに消えてしまう。婉曲した表現ではない。本当に、消えてしまうのだ。伝えたい気持ちはたくさんあったはずなのに、そのほとんどは私の中で燻ったまま層を成してきた。 だから、私はどうにかしてそれを伝えるられないかとその術を必死に探してきた。 特に執着してきたのは、音楽だった。 高校生の時、初めて曲を書いた。私が世界に対して引っ込むことを覚え始めたころだった。私は、口を噤むことが増えたかわりに、曲を書くことで私の頭の中のものを表すことができるかもしれないとずっと期待してきた。 最近、曲をアコギでカバーしてアップロードし始めたのには、このことに関連したいくつかの理由があった。 一つはギターをうまくなりたいと思ったことである。曲を書き始めたのは17歳のときだったが、アコギを始めたのは15歳のことだった。しかも、その当時私の本職はエレキベースで、スラップ習得のため必死に練習をしていた。力の加減がわからなくて、高音弦をよく切った。どんな力でプルしていたのか、今となったらさっぱりわからない。 ともかく、そんなだから私は、ギターの習練が多分足りない。それで、色んな曲を練習しないといけないと思ったのが一つの理由である。 もう一つは、自分の感じている世界を誰かと共有したいからだ。私にとって、とても大切ないくつかの曲がある。私の代わりに喜び、私の代わりに悲しみ、私の代わりに怒り、私の代わりに嘆いてくれる音楽がある。そんな音楽を誰かと、特に私が繋がりたいと願う人達と、共有したいという強い熱望がある。私がどんな音楽を聴いているのかということを隈なく誰かに伝えることができたら、おそらくそれだけで私のほとんど全てを伝えることができる(少なくとも私はそう信じてきた)。それは、なんて素敵なことなのだろうとずっと夢想している。 これがもう一つの理由だ。このブログを始めたのも、一番の根っこ...

雑文(ぼんやりとした日曜の夜の独り言)/お気に入り女性ボーカル

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何もない日曜日が一番疲れを感じる。というのはある気がする。 私の個人的な事情で、土曜日は色々と移動し、色々とする必要があることが多い。それで、必然的に完全な休みとなるのは日曜日が多い。 今日は、朝起きて午前中から頭の中に今日はあそこにいってあれをやって、あれを買って、それであれもやろうと計画があったのだけど、何となく体がだるくて動けず、結局16時ごろまで自宅でぼんやりとしていた。 16時になってからも、どこに行って何をやったかといえば、近所のマクドナルドに読みかけの小説を持っていって、ゼロコーラとチーズバーガーをお供にちょっとだけ読み進めただけだ。それも続かなくて、途中からは結局、志磨遼平の歌声をぼんやりと聴きながらマックで虚空を眺めていた。 疲れていたのだと思う。 私は、休日が来ると色々やらねばと思う性質だ。しかも、その色々には家事は入ってこないので、無駄に疲れた割に自宅の家事は進んでいない。 そんな感じ。 これを書いている今も、少し頭はぼんやりとし、明日からくる5日間という永遠にも思えるウィークデイのことを考えてげんなりとしている。 もう一度言う、疲れているのだと思う。 「私は疲れる人間である」という事実をよく自分に馴染ませないといけないのだと思う。「疲れたら休む」なんて、いちいち気を付けて取るような行動じゃないようにも思うのだけど、これがなかなか難しい。 それで、私は自分の疲れって体の疲れだと思ってたのだけど、これがもしかしたら頭の疲れかもしれないなと思う今日この頃。医者からも、少し頭を休めるというか落ち着ける類の薬をもらっているのだけど。 私の頭は活発な方なのだと思う。これが、元気、とか、アクティブ、とか表現できるといいのだと思うのだけど、私の場合はとかく意識が散逸する。あっちにいったりこっちにいったり。それで仕事に集中できないこともあるし、仕事に集中できるのはいいけど休みがくると意識を集中させておく目印がうまく据え付けられなくて、それで疲れてしまうのではないかとも思う。 特に今週は月曜日にメンタル一大事があったので、まあしんどかったんだろうなと思う。 しんどかったので、一番私の心に効く曲をカバーしてみた。ドレスコーズの「Lily」。志磨遼平のこういう感覚...

日記;千と千尋の神隠しを観て勇気について考えた話

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  引き続き夏休み。 昨日は電車とバスを乗り継いで埼玉南部の映画館まで来て「千と千尋の神隠し」を観た。 本当は私の居住市内でも公開していたのだが、公共交通機関でのアクセスがひたすら悪いところだからという理由で電車で来れる埼玉まで来た。前回も書いた通り、電車で移動するのが大好きな人種である。 そして、車社会を自転車で生きているへそ曲がりでもある。 こうもうろちょろするのが好きな人種は、コロナ禍の世の中では気を付けないといけないとも思う。まあ、元々人混みは嫌いだし、人が集まるような理由がない通りをぶらぶらするのが好きな身である。なので、それほど危険はないのではないかと思っている(大体のお話では、こういう奴がいちばん危ない。気を付けます)。 して、「千と千尋の神隠し」である。素晴らしい映画だった。もうその一言。2001年の公開当時は小学校4年生だった少年も29歳のおっさんになった。 29歳は断じておっさんではないと思うのだけど、今週のジャンプで『「28をおっさんと思ってないあたり…」「闇が深いですね」』(田村隆平「灼熱のニライカナイ」より)と言っていたからそういうことなんだろうと思う。ジャンプを読んでいても、少年認定はしてくれないようだ。 ともかく、何だろう、この歳になって改めて観てもすばらしい映画だった。むしろ、細かい描写に引き込まれ、子供ならではの真っ直ぐな勇気とか優しさとか、そういうものを考えた。 私は映画を観ると登場人物に対して過度に自己投影する質なので、千尋とその家族が神隠しに逢い両親が豚になってしまうシーンでは、29歳の比較的肩幅の広い男が結構びくびくしてしまった。展開がわかっているからこそ、「ああ、やめとけよう。。勝手に食べるなよう。。」などとおびえてしまう。実にかわいいものだなと自分で思う。 それが何歳だか知らないが、まだ小学生であろう千尋が、恐れや困惑をすぐに乗り越えて真っ直ぐに立ち向かっていく。 なんだかおっさん、勇気をもらってしまう。 いや、まあアニメの話だし、そう考えれば子供向けアニメってそういうものな気もするけれど、やっぱりそこら辺はさすがジブリなのか、映画を観ている間になんだか自然と勇気をもらってしまっていた。 どうもこう、頭がとっ散らかりやすい身である。あれやこれやと考えが盛んに動き回り、不安や恐ればかりが大きくなり、結果動けないこと...

日記;うまく言葉にできない

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  たまには日記的なというか随筆的な記事を書いてみようと思う。そもそもこのブログはそういう目的で立ち上げたのだった。つい下心が大きくなってしまい、「ネタ」を探してしまう。たまにちゃんと初心に戻らないと。そう思い立って書き始めてみた。この記事の着地点は見えていない。 記事を書き始めたからには、そこには何か書きたい感情がある気がする。自分のなかに、何か特筆すべき感情があるのは確かなんだけど、それがうまく像を結ばないというか、それを手に取ってみることはできる気がするのに、一方でそれが何であるのかをうまく言い表せない。 「うまく言い表せない」のだから記事になどするすべもない。 なので、少しばかり、日記的なことをしてみようと思う。何かつかめるかもしれないし、あるいは何もつかめないかもしれない。なんとなく、頭に浮かんだことをそのまま文にしてみたい。 今日、8月24日は夏季休暇をもらったので、我孫子に行ってみた。我孫子に行って、街をぶらついて、手賀沼をちらっと見て帰ってきた。我孫子に行った理由は単純で、引っ越しをしようと思っているからだ。今住んでいる街がずっと、なんとなく好きになれず、居心地の悪さを感じることもあって、近々引っ越したいとここのところずっと言ってきた。今すぐ動くつもりはないのだけど、次の冬の間にでも引っ越せればいいなと思っている。 一応、常磐線沿線に越せればいいなと思う。いろいろと理由はあるんだけれど、常磐線が東京から東北まで続く路線だというのも、比較的大事なポイントに思う。「線路は続くよどこまでも」とあるが、まさにそんな感じ。この線路をたどっていけばどこかに辿り着く、というのは自分にとって一つの安心材料でもある。 今日の小旅行では、20分ほど常磐線に乗って我孫子に行った。常磐線の乗り心地は素敵だった。私は電車に乗るのが好きだ。特にどの路線が好きとかはないから、いわゆる「乗り鉄」というのとは違うと思うのだけど、ローカル線に乗ってぼんやりと移動している感覚が好きだ。誰かにとっての日常に自分が溶け込んで、それが自分にとっては非日常であるというぼんやりとしたギャップのようなものに居心地の良さを感じる。大学生のころはよく、青春18切符を買って移動していた。 途中立ち寄った手賀沼 人生で初めて青春18切符を使ったのは高校生の時だった。実家では、両親の出身地でもある愛知...

ダサいロックバンドが愛おしい話

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  最近は、日本のバンド音楽もかなりおしゃれなものが多くなった気がする。そういったものも一通り聴いてきたし、とてもかっこいいと思うし、それは間違いないのだけど、一方で私が本当に愛おしいと思うのは「ダサい」ロックバンドだったりもする。 そんなバンドをいくつか紹介したいと思う。なお、この記事での「ダサい」というのは心からの共感と賛辞をこめての表現なので、ここにあなたの好きなバンドの名前をあげることについて怒らないでほしい。私もそのバンドのことが好きなのです。 ここに書くバンドはどれも完成度は高いし、こだわりをもって自分たちなりのスタイルで音楽を楽しんでいる。媚びない彼らの「ダサさ」がそれすなわち彼らのかっこよさでもあり、私はそんな音楽に勇気をもらうことが多い。もう一度書くが、この記事でのダサいはかなり好意的な表現であることを理解してほしい。ダサいというのはすごく失礼な表現だとわかっているのだけど、悪い意味でダサいと思っている音楽は耐え切れず途中で投げ出してしまう。 最初に紹介したいバンドが、この記事を書こうと思ったきっかけでもある。その名も「みそっかす(メジャー時代の表記はミソッカス)」。 名古屋出身の、たぶん8年前くらいから大好きなバンド。何がいいって、ゴリゴリに詰め込むそのスタイル。昔バンドでベースを弾いていたから、音楽を聴くときはベースで聴くことが多いのだが、このバンドの曲はどれも、ベースが我を出しまくっているのがすごくいい。ベースが我を出しまくっているバンドに悪いバンドはない、というのが私の持論。 ボーカルの声質、キーボードの音色、ゴリゴリのリズム隊、このバランスがとてもすばらしくダサくてかっこいい。一度聴いてから病みつきになる感覚がたまらない。 「名古屋メシバンド」という言葉が彼らを形容する最高の言葉だと、かねてから私は考えている。味噌カツを厳粛な料亭や高級なレストランで食べたいとは思わない。だけどすごくおいしくて、何度も食べたくなる。そんなバンド。こんなにしっくりくる形容詞はないんじゃないかとすごく気に入っているのだが、残念ながら公表する機会もなかった。なのでしたり顔でここに記しておこうと思う。 とにかく、このバンドはすばらしい。なのだけど、ここ1年くらいちゃんと聴いていなかった。情報も集めていなかった。なんとなく音楽を幅広く楽しむ余裕がなか...

ラップなしでは語れない

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  ヒップホップ、あるいはラップについて、私は特にしっかりと聴いてきたわけではないので、語るべきではないと思うのだけど、1991年生まれの自分にとって、自分たちの世代の音楽遍歴を考えるうえでラップを避けては通れないのじゃないかと思う。ぼんやりしてたときにふとこんなことを思った。 結論から言うと、本当は好きだったラップを、ロック好きを自称してた時期に押さえつけてたのはすごくつまらないと思うので、かっこいいもの、乗れるものはそのまま楽しんだ方がいいよなあということ。あと、00年代の音楽って楽しかったなって。今日はそれについて少し。 音楽に影響を受ける環境は2種類あると思う。1つは幼少期から小学校(あるいは中学校)時代ごろまでの、自分で選ばずに外から入ってくる音楽に影響を受けるというような環境。もう1つは、自分で選び取ってどんどん深みにはまっていく環境。 別に理論でもなんでもないのだが、私はそうだったと思う。今でこそ、サブスクリプションの音楽サービスで自分の好みで音楽を聴いているけど(自分で選ぶ環境)、幼少期は自分にとって音楽は未知の領域がすごく大きかったから、売れてるものもそうでないものも、人から教えられるがまま、両親がカーステレオで流すまま、あるいはテレビで流れるがままに吸収していた時期があった。 そういう意味で、私が受動的に吸収してきたのは90年代と00年代前半のJ-POPだった(両親の影響はそれ以上昔のJ-POPか)。本当は洋楽とかにこのくらいで触れてたらよかったなと思うのだけど、まあそれはなかったのだから今更しょうがない。私は1991年生まれだから、1998年春に小学校入学、2007年春に中学校卒業(だと思う)ということで、ちょうど義務教育を受けていたあたりの音楽だ。 90年代の音楽としては、私の愛するスピッツをはじめ、ミスチル、ウルフルズや当時はやってたクラブ系の音楽とか。 そして、私が一番流行に興味があったのが00年代前半。 当時のヒットチャートを象徴していたと思うジャンルの一つは、BUMP OF CHICKEN、キンモクセイ、アンダーグラフのような90年代の遺伝子を引き継いだロックバンド(チョイスは完全に趣味;場合によってはモー娘。とかも、つんく プロデュースという意味でここに乗るのかも)。ある意味においては、00年代というのは「ロックバンド」が大...

受験勉強は楽しかったかもしれない(当時聴いていた音楽を添えて)

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  こんにちは、RTです。 最近、数学関連の新書を読んでいた。私は、あまり基礎的な理系教養の足らない実学系の理系(=農学)出身であり、今もそんなことを仕事としている身だ。数式アレルギーは文系の方より無い方だと思う。たまに数学を学びたい気持ちになる。きれいに筋の通ったロジックに浸るのは気持ちがいい。そんな感じで、久しぶりに純粋な数学の世界に触れていたところ、なんとなく受験勉強って楽しかったかもしれないと思い、それについて書こうと思う(それと、受験に付随して思い出される音楽について)。 読んでいた本は こちら 。 私は、本質的には勉強が好きなんだろうと思う。 小学生の頃は、新学年になって教科書が配られるのが楽しみで仕方なかった。配られた新しい教科書を急いで持ち帰って、一気に読んでいたのをうっすらと記憶している。国語の教科書に書かれている物語が一番好きだったが、理科や社会も一気に読んでいたと思う。とにかく、あの時感じていたわくわくした気持ちは、世界が広がることへの期待だったんだと思う。 大人になった(年齢的な意味で。実際になれているのかは主観的にはわからない)今でも、頻度は減ってきたものの読書はするし、仕事に必要な知識は勉強せざるを得ない。だけど、そこには小学生の頃に感じていた純粋に世界が広がることへの喜びみたいなものはほとんどなくて、目的を達成するためのツールとしての知識でしかない部分がある。 世界が広がることへの期待、というのはこのブログで扱っている種々のカルチャー、つまり音楽、映画、小説、漫画で新しいものに触れたときの感動にほとんど等しいと思う。そういう意味で、「勉強」は元来、自分にとっては趣味みたいなものだったのかもしれない。 こういう文脈で考えたとき、受験、特に大学受験というのは自分の人生において、おそらく最後に「全力で全範囲を」学ばなければいけないときだったと思う。大学でももちろん教養の授業はあるが、なんとなくメリハリがなかったり、そもそも専門性の高い大学だったので、授業の質にもばらつきがあったりした。 なので、今、この年齢になって大学受験のことを考えるとちょっとうらやましいなと思ってしまうのである。 よくよく思い出してみると、「受験勉強は楽しかった」というのは少し間違っている、というか正確ではない。前提として、「プレッシャーさえなければ」とつけた方が...